俺はコピー機の営業で都内の日本語学校を訪れた際、ハンドボールふたつ分ほどの胸元の上半分が露わになったロシア人美女にウインクされて、日本語教師になることを即決した。
今回の記事では、勤めていたコピー機メーカーの会社を辞めて、日本語教師になると決断した後にとった俺の行動をお話したい。
こうやって振り返ってみると、俺はつくづく無鉄砲な男だと実感する。
新卒で就職した大手コピー機メーカーを退職
今すぐに俺、日本語教師になる!
そう決めた俺は、その日のうちに所属部署の部長と課長に会社を辞めることを伝えた。
どうぞご自由に。でも、ちゃんと引き継ぎしてから辞めてね。
俺は1日も早く退社して、日本語教師の道に踏み出したかった。結果、有給休暇を取得しない条件で、7月末での退社が決まった。
俺が血眼になって開拓した販路は、すべて同期のライバルの田邊に明け渡すことになった。田邊は、俺が丁寧につなぎ止めてきた顧客を、棚ボタで手に入れることになった。
ラッキー! 真田、サンキューな。
俺の販路を引き継いだ田邊は、短期間で売上を倍増させ、次の人事で昇進するであろう。田邊とは5年間つねに競い合ってきただけに、俺はなんとも複雑な気持ちになった。
でも、改めて考えると、販路とか顧客とかライバルの同期とか、もうそんなことは些細なことに思えた。だって俺は、もうすぐ、
ハンドボール二つ分の爆乳ロシアン美女たちのいる教室で、ぐひひひひ〜。
俺たちはみんな誰かのコピーにすぎない
ところでお前、英語しゃべれるの?外国人に日本語教えるっつっても、英語話せなきゃ無理だろ。
安い居酒屋の卵焼きを頬張りながら田邊が言った。
もちろん、話せるはずもない。留学や駐在の経験もなければ、授業以外で英語を話したこともない。考えてみたら、俺は海外に一度も行ったことがなかった。
そのような内向き国内派のドメスティックな人間を「ドメドメ」という。そう、俺のことだ。
唯一、中学3年のときに内申点目当てにとった英検5級が俺の英語を物語るすべてだ。そう、俺の英語は中1レベルということだ。ピコ太郎の「パイナッポーペン」と同レベルだ。
ま、なんとかなるべ。日本語なんて、日本人なら誰でも教えられるっしょ。
そう言って俺は、中ジョッキに残った1/3のビールを一息に飲み干した。
その後、俺と田邊は上司の愚痴やら、会社の愚痴やらを吐きながら、焼酎を4、5杯飲んで完全に酔っ払った。
俺:「このままこの会社にいたらよ、自分が誰かのコピーに思えてくんのよ。俺じゃなくても、他の誰がやっても同じような仕事をよ、マジメにやればやるほど、俺が俺じゃなくなっていくような感じっていうのかな」
田邊は隣席のタバコの煙が漂ってくることに苛立ちながら俺の話を聞いていた。
俺:「大学出て、就職して、思い入れのあるわけでもないコピー機の営業に明け暮れる毎日でよ。この先もずっと、誰か他人の人生を生きていくのかと思うと、心底ぞっとするわけよ。でも、日本語教師になろうと思った瞬間、目の前に自分の人生が広がったんだ。「自由になった自分が、自分の人生を生きていく」、そのイメージに取り憑かれたわけよ。コピー人間じゃない、オリジナルの自分として」
田邊は、眼鏡のレンズ越しに俺の目を見て言った。
お前、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。
田邊:「だったらよ、みんな結局は誰かのコピーとして生きてるんじゃないのか。日本語教師になったって、結局は誰かのコピーなんじゃないのか。なんで日本語教師がオリジナルで、営業マンがコピーなんだよ。全然わかんねえよ」
会社を辞めるときは気をつけたほうがいい。そんな気がなくても、その会社に残るやつの自己否定につながるようなことを平気で口にしてしまうから。
居酒屋を出て、駅までの道中、俺は田邊の言った「日本語教師だって結局は誰かのコピー」ということについて考えていた。
高田馬場駅で俺たちは別れた。田邊はJR山手線、俺は東京メトロ東西線に乗った。
履歴書をもって日本語学校を訪問
7月いっぱいで会社を退職し、俺は自由のシンボルである髭を生やしてみた。
そして、俺は意気揚々と履歴書を持ってあの爆乳ロシア美女がいる日本語学校を訪ねた。
ここで働かせていただけないでしょうか。
俺は営業と同じ感覚で日本語学校を訪問し、営業と同じ感覚で申し出た。前回と同じ女性のにこやかな担当者は明らかに困惑していた。
あの、本当に会社辞めちゃったんですか・・・。で、日本語教師になるんですか・・・。で、あの、日本語教師になるための要件は満たしてますか。
俺は、「でたな」と思った。やはり日本語教師になるには英語能力が問われるのかと。「英検5級を持ってますので大丈夫です」とはさすがに言えず、
これまで営業一筋で生きてきたもので、英語能力を証明できるものは現状ないのですが、大学でも英語の授業は履修していましたし、日本語を教える中で少しずつアジャストしていければと思っています。
俺は長年の営業マンとしての癖で、思いつきで適当にそれらしく聞こえるように返すことには慣れていた。しかし、そもそも論点がまったくずれていたようだ。
いえ、英語は別に必要ないんです。日本語を教えるにあたって、日本語教育の勉強をされたのか、という質問なんですが。
はて?日本語教育??なんじゃ、それ?
俺は聞いたことのない「日本語教育」というワードに戸惑ったが、とにかく英語力が必要ないことに正直ほっとした。そうなれば、もうこっちのもんだろ。
日本語教育の勉強ですか?それなら問題ございません。私は純日本人ですし、生まれも育ちも東京です。大卒ですし、前職でもみっちり営業トークで日本語を磨いてきました。
そ、そういうこと言ってるんじゃないんです!日本語教師になるための要件を満たしているのかを聞いてるんです!!!
要件だと!?俺はショックだった。そんなものがあるとは想像もしていなかった。
日本語なんて、日本人なら誰でも教えられるだろうと思っていた。その思い込みが前提を支配していて、ちゃんと調べてなかった。
そんなんでよく会社辞めましたね。いったい何考えてるんですか!
何考えてるかって?ロシア美女の爆乳のことに決まってんじゃねえか。
この頭に血がのぼった女性の話によると、「今日から俺は日本語教師」と名乗るだけなら、いつでも誰でも勝手にできるが、日本語学校などに雇用されて教える場合は、3つの要件のうち、いずれか1つを満たしていなければいけない、ということだった。
- ①大学で日本語教育を専攻
- ②大卒以上で、420時間以上の日本語教師養成講座を修了
- ③日本語教育能力検定試験に合格
ちなみに、今後、日本語教師は国家資格になるという流れがありますので、要件や国家資格試験は今よりもっと難しくなります。
なにー、聞いてないぞ、そんなこと。近い将来的に国家資格化だと!?ふざけんじゃねー。
俺には日本語教師は無理か。正直、甘く見てた。
半ば諦めかけたその時、
せんせー。またこの人と話していますか。何を話していますか?
あら、ナターシャさん、こんにちは。この人は日本語の先生になりたいです。ですから、私は教えています。
そうですか、私はうれしいです。日本語の先生は女の人が多いです。ですから、男の先生がひつようです。
う、う、うれしいだと!?俺に日本語を教えてほしいのか(日本語だけじゃなくて、あんなことも、こんなことも教えてあげるけど)。
急降下していた俺のモチベーションは、ズッドーンと急上昇して日本語学校の天井を突き抜けて新宿の空高くまで飛んでいった。
やるしかねえ。
さっき、なんか3つの要件のうち、いずれかとか言ってたな。
①大学で日本語教育を専攻?→してねえよ。副専攻でも?→してねえよ。もう一度大学に?→行かねえよ。
②大卒以上の学歴で、420時間以上の日本語教師養成講座を修了?大卒は条件満たしてるが、420時間の養成講座だと?420時間も教室で勉強するのか・・・。授業料は60〜100万円だと?→ふざけんな、高すぎだろうが。
③日本語教育能力検定試験に合格?・・・一発勝負ってことか。出願は7月で試験は10月で合否は12月か。
消去法で考えると、選択の余地はなかった。③の検定試験に一発合格するしか、日本語教師になる道はない。
よし、決めた。
正直、この短期間で日本語教育能力検定試験に合格する自信はなかったが、会社も辞めたし、後戻りできる状況ではなかった。
出願の締め切りは、あさってですよ。
それ、早よ、言わんか〜〜〜い!
俺は明後日までの出願期日(消印有効でよかった〜)に、急いで申し込み、池袋のジュンク堂で「日本語教育能力検定試験 完全攻略ガイド」という赤くて分厚いテキストを買った。
さあ、いよいよ俺の日本語教師としての人生が始まるぜ。待ってろ爆乳ロシアン美女たち!
次回は俺が3か月間、どのような試験対策の日々を過ごしたのかをお話ししたい。
< つづく ↓ >
コメント