最近、テレビでサヘル・ローズ(Sahel Rosa)さんを知りました。イラン出身ながら、日本で活躍する女優のサヘルさん。調べてみると、色々なドラマや映画、バラエティやドキュメンタリに出演されていて、私が思っている以上に有名な女優さんのようです。
この記事では、サヘル・ローズさんの魅力をとおして、日本語教育やポストモダン社会について考えてみたいと思います。
サヘル・ローズさんについて
サヘルさんの半生
○ 1985年にイランの片田舎に生まれる。
○ イランイラク戦争で孤児となる。
○ 8歳の頃に義母とともに来日。
○ 小学校の校長先生に日本語を学ぶ。
○ 芸能活動をはじめる。
ここで綴ったサヘルさんの半生はたったの5行ですが、その行間には壮絶なストーリーが埋まっています(来日時はペルシャ絨毯に乗ってやって来たというユーモラスな逸話もあり)。この記事ではサヘルさんの過去には触れませんが、現在のサヘルさんの表情には、深い悲しみや孤独をろ過させたような、そんな清々しさがあります。
サヘルさんの清々しさ
先日4月27日にテレビ東京で放送されたコロナ禍におけるサヘルさんからのメッセージには、「コロナによって、人と人との距離は遠ざかったが、心は近づいた」という内容がありました。発言の内容や伝え方も素晴らしかったですが、その清々しい表情に魅せられた視聴者も多かったのではないでしょうか。
ホリスティックな美しさ
過去の深い悲しみや孤独をポジティブなパワーに変換させるサヘルさん。自分の過去を「オリジナリティ」として価値づけし、人生の意味を日々アップデートしていくからこその美しさが、そこにはあるように思います。
それはアンチエイジングとは真逆の発想で、たとえば、顔にできたシミを老化による負と捉え、それを消し去ろうとするのではなく、シミ自体に価値を見出すことで、シミも含めたホリスティックな美しさが得られます。なお、シミはただのたとえ話であって、サヘルさんの顔にシミがあるわけではありません。。。
サヘルさんの日本語
もうひとつ、サヘルさんのメッセージを見て思ったのは、流暢で美しい日本語を話すということ。8歳で来日し、家庭でも日本語に触れない環境の中で、日本語を習得するのは大変だったと思います。しかし今、その苦労が実を結んで、日本の芸能界で活躍しているサヘルさんの姿は、多くの外国をルーツにもつ子どもたちに希望を与えているはずです。
外国にルーツをもつ子どもたちの日本語教育
現在の日本の小中学校には、サヘルさんの幼少時代より、ずっと多くの外国人児童生徒が在籍しています。サヘルさん同様、多くの子どもたちは、親や大人の都合で来日し、異なる言語や文化や教育観の中に放り込まれ、苦境に立たされています。
そのような状況においては、どうしても「日本語」の問題がシンボリックに際立ちますが、それは可視化された「見えやすい」問題にすぎません。
可視化されやすい「日本語の問題」という落とし穴
周りの大人たちは、日本語ができない子どもに対して、日本語教育を行うことで問題は解決するという幻想にとらわれがちです。しかし、語学としての「日本語」というツールを子どもに教えても、子どもは切り取られた文脈の中で、そのツールをどう使ったらいいのか、感覚として理解することはできません。
「日本語」ではなく「ことば」の支援を
子どもにとって必要なのは、「日本語」ではなく「ことば」のサポートです。「ことば」とは、人との関わりや信頼し合う気持ちをつなげるためのツールとここでは定義します。子どもは感受性が豊かで、コミュニケーションの本質を理解しているので、気持ちが通じ合える環境にさえあれば、放っておいても人との関わりの中で「日本語」を習得していくでしょう。ですから、大切なのは「ことば」の学びが保障された環境にあるかどうかです。
子どもの未来に賭けよう
子どもには未来があります。それは、無限の可能性を切り拓いていく時間があるということよりも、子どもたちの「現在」は、未来において書き換え可能であるという意味合いが強いです。つまり、子どもの「現在」は、未来において書き換えられる「下書き」にすぎない、ということです。このことは子どもに限りませんが、過去と現在は常に意味の交渉を繰り返し、現在によって過去は日々塗り替えられていくものなのです。
これからは「個」の時代
これまでの日本社会は、型にはめ込む一点張りでした。個人が学校教育に合わせる、個人が会社に合わせる、個人が社会に合わせる、という全体主義的な構造でした。しかし、昨今ではその全体主義的な構造が崩れはじめ、個人の発信や個人の行動がそのまま社会をつくっていく時代になってきています。
テクノロジーの発達もともなって、ようやくポストモダン化しつつある日本の現代社会では、今後ますます、多種多様な人材が個を発揮しやすい時代になるでしょう。そこでは、サヘルさんのように圧倒的な個をもつ異色な存在が、さまざまな分野で活躍する世の中になるはずです。それは、外国にルーツをもつ子どもたちの逆襲の狼煙が上がろうとしているように、私には思えるのです。
エピローグ
さて、今回はサヘル・ローズさんをとおして、外国にルーツをもつ子どもたちの日本語教育と、ポストモダン化した社会について考えてみました。
最後にサヘルさんの著書「あなたと、わたし」より一文を引用します。これが一番、サヘルさんらしいことばのような気がします。
流れゆく時を太陽に変え 沈みゆく太陽を月に変えた。 欠けていく月を歳月に変え 昇りゆく太陽を生命に変えた。 サヘル・ローズ(2018)
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